逆行


ただの散歩で終えるつもりがふらふらと立ち寄った古本屋で石川淳森鴎外を買った。眼鏡も掛けず商店街を歩くと人も外灯もぼんやりとおぼろげで街の生々しさが薄消える。車のバックライトは切なさを煽り、道端に転がるゴミには時間の経過を。人とすれ違いながら自分の髪が伸びていることに気づく。擽るような肌寒い夜風に流されながら歩を進め18の頃を思い出す、最初の一歩を刻んだあの日、耳にイヤホンを付け布団に包まりながら泣いていた。携帯を片手に送った拙い言葉の数々、土砂降りの日の震える大樹の揺れ。いつの日も夜にそれらは起こった。完璧に綺麗に思い出すことはしたくはないし、しようとも思わない。ただ思い出し、そうして今日の終わりを受け入れる。
過去を思い出してそこに留まることはゆっくりと精神を腐らせてしまうようなことだとあなたは言うかもしれない。遡って未来を思い出し両手を大きく広げている。けどその先に私の信じる人たちはいないのだと思う。底を抜ければ地獄か、はたまた天国か。そんなこと、どっちだってかまわない。墜落の経過は快楽を呼んで、汚れた身体を奮い立たしてくれる。私はそうやってきた。羞恥心に怯えながら、でもそうやってきた。だからこれからもそうする。許してほしい。ひとりでいることを。私には私の文章読んでほしい人達がいる。その為にもひとりでいなければならない。そして私がもしも助けを求めた時は突き放して欲しい。


心変わりの秋風、身に受けて、地面の上を踏みしめて、立つ、歩く。